【無料公開】歴史を目撃してしまった人生初のW杯 そして私は虜になった




ワールドカップへ行くための航空券を購入したあの日。まさか日本サッカー界にとって歴史的な一戦を目にするとは思ってもいなかった。

28歳にして初めてのワールドカップ。働き盛りといわれる年齢で、2週間もの長期間ワールドカップへ行くことは、他人から見れば「ありえない」の一言かもしれない。

しかし、勇気を持って踏み出した結果、何にも代えがたい貴重な経験を手にすることになった。

ひとりでロシアは心許ない…と誘った友人はなんと40歳年上!

私がサッカーを見るようになったきっかけは高校生の時にさかのぼる。

当時、通っていた高校が「全国高校サッカー選手権」に出場し、クラスメートのプレーをスタジアムやテレビで観戦したことが始まりだった。

その後、地元のヴィッセル神戸を応援し始め、就職してお金に余裕ができるようになってからは、ホームだけではなくアウェイにも行くようになった。いまではヴィッセル神戸の公式戦における約9割を現地観戦するほどだ。

一方、日本代表の試合はもっぱらテレビ観戦。「将来はワールドカップに行ってみたい」と漠然と思う程度でしかなかった。

しかし、村上アシシさんの著書『日本代表サポーターを100倍楽しむ方法』を読んでから、海外で日本代表の試合を見るのはどんな気分なのかと考えるようになった。

そして2015年に一念発起して、オーストラリアで開催されたアジアカップへと向かった。この時、異国の地で国をかけて戦う試合の臨場感に、これまで経験したことがない興奮と感動を覚えた。

次のロシアワールドカップは現地で観戦したい」、そう考えるようになったのはこの頃からである。

2017年のアジア最終予選。本大会の出場権を獲得したオーストラリア戦を観戦した頃は、ひとりでロシアへ行くのか、友人と行くのか、迷いと不安を抱えていた。

ひとりで海外を旅した経験はあるものの、ロシアに対して漠然とした不安があるため、できれば友人と行きたい。

しかし、年が近い知り合いはみなサラリーマン。2週間の休みなど簡単に取れない。しかも、何十万円もかけてロシアまでワールドカップを見にいくほど、熱狂的なサポーターの友人も少なかった。

そこで目をつけたのは、以前から誘い続けていた「ある友人」だ。

その友人は、ヴィッセル神戸を共に追いかけていた「40歳差」のサポーター仲間だった。68歳という年齢を理由にワールドカップ行きをずっと断り続けていたが、出場権を獲得したあたりで「冥途の土産にロシアへ行ってもいい」と心変わりしたのだ。

長い長いラブコールの末、40歳差という異色の友人と、人生初のワールドカップ参戦が決定したのである。

40歳差の友人と、ファンフェストで出会った地元ロシア人夫妻と記念撮影。

筆者は一番左。

12月に行われた抽選会の結果を受けて、初戦が開催されるサランスクはホテルが確保できないため回避。2戦目のエカテリンブルクからワールドカップへ行くことにした。友人の68歳という年齢を考慮し、ホテルの確保と安全な旅程を優先したのである。

ふたりで話し合った結果、2戦目からRound16まで観戦できる日程でロシアへ行くことに決めた。いま振り返ってみると、その3試合を観戦しただけでもロシア国内を「約7,000km」移動したことになる。友人の体力にも驚かされた。

ベルギー戦で感じた小さな“ゆるみ”

さて。私が観戦した3試合の中で最も印象に残り、かつ日本サッカー界にとって歴史的な一戦となったベルギー戦の1日を振り返っていく。

決戦の地、ロストフ・アリーナに入った瞬間の感覚は言葉にできない。これまでのグループリーグの3試合と違い、負ければそこでピリオドが打たれる。

生きるか死ぬかを懸けた試合を前に、スタジアムは何とも言えない緊張感につつまれていた。こんな貴重な試合を生で観戦できる喜び。そして何より、この場所で試合ができる日本人としての誇りを感じた。

ベルギー戦は初めてゴール裏の座席となった。奇遇なことに周囲の席には、ポーランド戦の時と同じサポーターが座っている。ヴォルゴグラードで「ロストフで会いましょう」と握手した心強い仲間と、健闘を誓い合った。

後半3分。日本代表にとってワールドカップ史上初となる決勝トーナメントでのゴールが、原口元気によってもたらされた。ものの4分後に乾貴士のゴールが突き刺さり、スコアは2-0となる。どちらも日本代表サポーターが陣取るゴール裏のサイドで点が決まり、サポーターは喜びを爆発させた。「これは夢なのか現実なのか…」、FIFAランク3位の欧州の強豪ベルギー相手に、2点差をつけてしまった――。

2-0でリードしている状況に少し浮かれてしまう自分がいた。あろうことか、「たしかここを勝ち上がれば、次の準々決勝の地はカザンだったよな。旅程を延長しようかな…」と試合中に考えてしまうほど、浮足立っていた。あの日、あの場所で見ていた日本人の多くが感じたであろう、小さなゆるみが「フラグ」になってしまったのかもしれない。 

その後、後半24分、29分と日本代表は立て続けに失点。そして、試合終了間際の後半49分に、人生で一度も見たことがない、美しい高速カウンターが決まった。

私は今でも、遠くに見える日本ゴールへ、ベルギーの選手たちがなだれ込むように迫る光景、そしてボールがゴールネットに突き刺さり、スタジアムが沸騰する景色を鮮明に覚えている。

試合終了のホイッスルが鳴った後、私はへたりこむように座席に倒れかかり、しばらくの間立てなかった。私の初めてのワールドカップが、終わった――。

試合後、スタジアムから町の中心に伸びる大通りを歩いていると、後ろから声をかけられた。振り返ると大柄なベルギー人だった。彼は「森岡のユニフォームじゃないか!」と言ってきた。

私は元ヴィッセル神戸の森岡良太のユニフォームを着ていた。話を聞くと、このベルギー人男性は森岡が所属するアンデルレヒトのサポーターのようだ。お互いに健闘を称え合い、自然な流れでユニフォームを交換した。私よりも二回り以上体の大きなベルギー人は、ピチピチになった日本のユニフォームを着て颯爽と去っていった。

ベルギー戦後にユニフォームを交換したベルギーサポーターと。

歴史的試合に立ち会えるのは「行った」者のみ

ベルギー戦は、ワールドカップで日本代表が最もベスト8に近づいた試合となった。決勝トーナメントで初得点を決めただけでなく、一時2点リードを奪ったことからも異論はないだろう。

つまり、1998年のフランス大会からの全21試合の中で、最も世界に近づいた一戦と言える。そんな歴史的な試合を生で見ることができたことを私は誇りに思う。

また、ベルギー戦は日本をけん引してきた本田圭佑や長谷部誠が代表を引退した試合にもなった。性格的には両極端ともいえる、しかし長らく日本代表の核を担ってきたこのふたりの代表最後の試合に立ち会えたことも、一生の思い出となった。

次のカタールワールドカップには「開幕から決勝まで」行きたいと考えている。日本サッカー史に刻まれる一戦を目撃してしまった私は、それくらいワールドカップの虜になってしまった。

2大会ごとにグループリーグ敗退と突破を繰り返していることを鑑みると、次のワールドカップは日本代表にとって厳しい大会になるかもしれない。

しかし、そんなジンクスは私にとってどうでもいい。歴史に残る試合に立ち会えるかどうかは、「現地に行く」ことが大前提だからだ。

4年後、カタールで会いましょう!

著者: 義則(よしのり)

1990年兵庫県生まれ。地元の公立大学を卒業後、金融機関を経て現在はWEB広告の代理店に勤務。ワールドカップへ参戦するために転職のタイミングを合わせ、2週間の時間を確保した。Jリーグはヴィッセル神戸のサポーター。ワールドカップの観戦は今回のロシアが人生初。

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